どうするshorou その3
どうするshorou その1 はこちら
どうするshorou その2 はこちら
三日目の朝
今日も暑そうですね
ホテルに朝食の用意がないので外へ出ます。
まだこの時間は涼しい風が吹いて気持ち良いお散歩が楽しめます
街は綺麗な碁盤の目になっています

真っ直ぐな長い道が

交差していきます

マックで簡単に朝マック
ホテルに帰って出発の準備をします
今日も8時活動開始
まずはホテルからほど近い 静岡浅間神社

この神社は家康が今川の人質だった時に元服式を行ったところです

その後家康が天下取り成し遂げ駿府に入った後も厚く庇護したようです。
さてここから昨日の反省が始まります。
昨日おでん屋さんで 掛川城 が良いので是非寄るべき との話を頂きます。
高速に乗ってしばらく名古屋方面に走ります。
昨日名古屋からの帰りによれば良かったジャン
そして 静岡で一泊して今日朝から 清見寺 に行けば全く無駄なく回れたのに~ ('_')
まあ 時は戻せません。 過去の事は忘れて先へ進みましょう
高速道路からは両側にお茶畑が広がります
菊川・掛川と走っていきます
どちらもお茶の産地ですね
掛川インターで降りて少し走ると 掛川城
大手門パーキングに車を止めて散策開始
大手門をくぐって

城内に入っていきます
急な石段を登って天守へ

室町時代に建てられた城ですがのちに城主となった山内一豊によって整備された城です
山内一豊の妻は内助の功で有名ですね。
どんな話だったけ( ^^)
幕末に大地震で倒壊してしまいますがお陰で空襲にあわずに済み消失を免れたそうです
平成6年に日本初の木造復元天守として再建されました。

掛川城御殿

こちらも戦禍を逃れて江戸時代に作られた建物がそのまま残っています
暑いです

こちらで買ったアイスと冷えたお茶が美味しかった
自分へのお土産に 掛川粉茶 を買いました
焼酎お茶割が楽しみです。
さて、それでは次なる目的地 今回のメインイベント
久能山 東照宮 へと向かいます
そもそも今回出撃話は ”此処に行きたいね” から始まった話です
東名高速を今度は東へ走っていきます。
ウーッ 昨日走ったよね (-_-;)
何年か前に一度来たことがあります。
その時は下から石段を登って上がった記憶があります。
今回は楽して日本平からロープーウェイで向かいます
くねくね山道を登って日本平ロープーウェイ駐車所へ

眼下に駿河湾が広がります

そこからロープーウェイで東照宮まで下っていきます。

石段を登って楼門へ

国宝の社殿です

更に奥 石段を登ると 神廟

果たして家康は此処に眠っているのでしょうか・・・・・
そっと手を合わせてパワーのお裾分けをお願いします

お昼の時間を過ぎてきました
このあたりで今回のミッション終了
なんか美味しいもの食べて帰りましょう
この辺りだと 海鮮 ですね
以前何度か行った 清水魚市場河岸の市 へ
一時を過ぎたおかげか駐車場もほとんど待たずすんなりと
中の食べ処もどこも行列などなくすんなりとは入れそうです。
こちらにしましょう


コロワイドグループなんですね
お刺身定食

10種の海鮮丼

こちらは外にあった見本 現物との違いは・・・・

美味しく頂きました
さて此れにて全行程終了・・・・・・
ちょっと待って。昨日行きそびれた 清見寺 すぐそこだよ
それはいかない手はないですよね
車で5分ほど
再びの 清見寺

それにしても昨日から非合理的な動きしてしまいました


こんにちは 拝観お願いします

昨日も来られましたよね
はい
今からちょうどボランティアさんのガイドがあるので時間があったら聞いていきませんか
ぜひ
ということでボランティアさんのガイドをお一人で散策されている方と三人で聞きながら拝観することが出来ました
ガイドさんとても知識が豊富でその上話が上手でとても分かりやすく興味深い話を聞くことができました
曰く このお寺は1300年の歴史があり古くは桓武天皇から東国への関所の役割を授かっていたそうです
家康が今川の人質時代にはこの寺に預けられた時その時住職だった 太源雪斎 にいろいろと教えを授かったそうです
その後も様々な歴史の場面で登場して、以後長い間徳川家の庇護を受けてきたそうです
お位牌が並んでいます
よく見ると真ん中には天皇家菊のご紋 中段には足利家の位牌 上段は三つ葉葵徳川の位牌が並んでいます。

こんなことはガイドさんなしには全く気付くことなく見過ごしてたでしょうね
お庭も奇麗に手入れされています

玉座

明治天皇、大正天皇がこのお部屋に滞在したそうです

金屏風も複写ではなく本物が並べられています
天井も贅を尽くした作りです

欄間もすごく凝った作りです

はめ込まれた板は1000年以上前のものだそうです
鎌倉時代には 梶原景時 がこの地で討たれその時付いた血の跡が残る板が天井についている話
江戸時代には朝鮮通信使を招いて秀吉以来剣呑だった関係を修復した話、琉球との関係、歴代ここを訪れた人々の話 等々
さった峠の話も
いくら時間があっても足りないくらい興味ある話を聞かせていただきました。
思えば昨日スムーズに4時前に此処へ来て自分たちだけで拝観したらこんな話は一切聞くことなく上辺だけさっと見て帰っていたことでしょう
人間万事塞翁が馬
本当に有意義な時間でした。
さてさて 本当にこれにて終了
予定よりだいぶ遅くなってしまいました
この時間だと確実に渋滞に嵌るな
まあゆっくり帰りましょう
高速に乗るまでの道で先日工事中の橋が落下した事故現場の横を通りました。
大勢の警察官やら関係の人が現場検証してました。
落下した巨大な橋げたも地べたに転がってました
無くなった方のご冥福お祈りしました
19時45分 無事到着
911.2Km 行き当たりばったりのドライブでした

終わり
どうするshorou その2 はこちら
三日目の朝
今日も暑そうですね
ホテルに朝食の用意がないので外へ出ます。
まだこの時間は涼しい風が吹いて気持ち良いお散歩が楽しめます
街は綺麗な碁盤の目になっています
真っ直ぐな長い道が
交差していきます
マックで簡単に朝マック
ホテルに帰って出発の準備をします
今日も8時活動開始
まずはホテルからほど近い 静岡浅間神社
この神社は家康が今川の人質だった時に元服式を行ったところです
その後家康が天下取り成し遂げ駿府に入った後も厚く庇護したようです。
さてここから昨日の反省が始まります。
昨日おでん屋さんで 掛川城 が良いので是非寄るべき との話を頂きます。
高速に乗ってしばらく名古屋方面に走ります。
昨日名古屋からの帰りによれば良かったジャン
そして 静岡で一泊して今日朝から 清見寺 に行けば全く無駄なく回れたのに~ ('_')
まあ 時は戻せません。 過去の事は忘れて先へ進みましょう
高速道路からは両側にお茶畑が広がります
菊川・掛川と走っていきます
どちらもお茶の産地ですね
掛川インターで降りて少し走ると 掛川城
大手門パーキングに車を止めて散策開始
大手門をくぐって
城内に入っていきます
急な石段を登って天守へ
室町時代に建てられた城ですがのちに城主となった山内一豊によって整備された城です
山内一豊の妻は内助の功で有名ですね。
どんな話だったけ( ^^)
幕末に大地震で倒壊してしまいますがお陰で空襲にあわずに済み消失を免れたそうです
平成6年に日本初の木造復元天守として再建されました。
掛川城御殿
こちらも戦禍を逃れて江戸時代に作られた建物がそのまま残っています
暑いです
こちらで買ったアイスと冷えたお茶が美味しかった
自分へのお土産に 掛川粉茶 を買いました
焼酎お茶割が楽しみです。
さて、それでは次なる目的地 今回のメインイベント
久能山 東照宮 へと向かいます
そもそも今回出撃話は ”此処に行きたいね” から始まった話です
東名高速を今度は東へ走っていきます。
ウーッ 昨日走ったよね (-_-;)
何年か前に一度来たことがあります。
その時は下から石段を登って上がった記憶があります。
今回は楽して日本平からロープーウェイで向かいます
くねくね山道を登って日本平ロープーウェイ駐車所へ
眼下に駿河湾が広がります
そこからロープーウェイで東照宮まで下っていきます。
石段を登って楼門へ
国宝の社殿です
更に奥 石段を登ると 神廟
果たして家康は此処に眠っているのでしょうか・・・・・
そっと手を合わせてパワーのお裾分けをお願いします
お昼の時間を過ぎてきました
このあたりで今回のミッション終了
なんか美味しいもの食べて帰りましょう
この辺りだと 海鮮 ですね
以前何度か行った 清水魚市場河岸の市 へ
一時を過ぎたおかげか駐車場もほとんど待たずすんなりと
中の食べ処もどこも行列などなくすんなりとは入れそうです。
こちらにしましょう
コロワイドグループなんですね
お刺身定食
10種の海鮮丼
こちらは外にあった見本 現物との違いは・・・・
美味しく頂きました
さて此れにて全行程終了・・・・・・
ちょっと待って。昨日行きそびれた 清見寺 すぐそこだよ
それはいかない手はないですよね
車で5分ほど
再びの 清見寺
それにしても昨日から非合理的な動きしてしまいました
こんにちは 拝観お願いします
昨日も来られましたよね


今からちょうどボランティアさんのガイドがあるので時間があったら聞いていきませんか


ということでボランティアさんのガイドをお一人で散策されている方と三人で聞きながら拝観することが出来ました
ガイドさんとても知識が豊富でその上話が上手でとても分かりやすく興味深い話を聞くことができました
曰く このお寺は1300年の歴史があり古くは桓武天皇から東国への関所の役割を授かっていたそうです
家康が今川の人質時代にはこの寺に預けられた時その時住職だった 太源雪斎 にいろいろと教えを授かったそうです
その後も様々な歴史の場面で登場して、以後長い間徳川家の庇護を受けてきたそうです
お位牌が並んでいます
よく見ると真ん中には天皇家菊のご紋 中段には足利家の位牌 上段は三つ葉葵徳川の位牌が並んでいます。
こんなことはガイドさんなしには全く気付くことなく見過ごしてたでしょうね
お庭も奇麗に手入れされています
玉座
明治天皇、大正天皇がこのお部屋に滞在したそうです
金屏風も複写ではなく本物が並べられています
天井も贅を尽くした作りです
欄間もすごく凝った作りです
はめ込まれた板は1000年以上前のものだそうです
鎌倉時代には 梶原景時 がこの地で討たれその時付いた血の跡が残る板が天井についている話
江戸時代には朝鮮通信使を招いて秀吉以来剣呑だった関係を修復した話、琉球との関係、歴代ここを訪れた人々の話 等々
さった峠の話も
いくら時間があっても足りないくらい興味ある話を聞かせていただきました。
思えば昨日スムーズに4時前に此処へ来て自分たちだけで拝観したらこんな話は一切聞くことなく上辺だけさっと見て帰っていたことでしょう
人間万事塞翁が馬
本当に有意義な時間でした。
さてさて 本当にこれにて終了
予定よりだいぶ遅くなってしまいました
この時間だと確実に渋滞に嵌るな
まあゆっくり帰りましょう
高速に乗るまでの道で先日工事中の橋が落下した事故現場の横を通りました。
大勢の警察官やら関係の人が現場検証してました。
落下した巨大な橋げたも地べたに転がってました
無くなった方のご冥福お祈りしました
19時45分 無事到着
911.2Km 行き当たりばったりのドライブでした
終わり